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2010年5月5日水曜日

v-22 オスプレー 研究

実は、このブログでアクセスの最も多い「記事・キーワード」がなんだか知ってますか?知るわけないですよね。実はキーワードが「v-22 オスプレー」。記事 「MV22オスプレイ・を建築設計者が見ると」。なんですね。そこで、いやらしくニッチのアクセス増狙って「v-22 オスプレー 研究」
たぶん、普天間問題で、注目されて、アクセスしてるんだと思うんですよ。
そこで、ちょっと考えてみました。
普天間問題でどうするって言うのが、政治の大問題ですが、報道も「反対運動」と「政治的決断」ばかりを派手に言ってるだけで、「普天間のヘリコプター専用?飛行場」は、戦略上どういう存在なのか、まったく報道・分析していない。軍事上のことだから誰にもわからない!!で、いいのかって思うんです。
そこで思った「v-22 オスプレー」配備と「普天間問題」って、絡んでいるのではないかって。 「v-22 オスプレー」の何がすごいかって言うと、ヘリコプターと同じ機能でいて、航続距離と速度。そこで、「v-22 オスプレー」の開発の契機とされた「1980年のイーグルクロー作戦」の失敗で使用されたヘリCH-47と比較すると、
  • 「v-22 オスプレー」航続距離3700km、最高速度555km
  • 「CH-47」航続距離1000km、最高速度240km
ヘリコプターが、3.5倍の航続距離と2倍の速度を持ってしまった。これは戦略革命ではないか。そこで、基地からの行動範囲を仮定する。行動範囲の条件は到着地での作戦範囲を200kmの往復と想定するし、残りの距離を往復できる距離を仮想作戦行動範囲とする。つまり
  • 「v-22 オスプレー」仮想作戦行動範囲:(3700-200*2)/2=1650km
  • 「CH-47」仮想作戦行動範囲:(1000-200*2)/2=300km
で、「v-22 オスプレー」仮想作戦行動範囲を、沖縄を中心とする円で囲ってみた。

赤丸が沖縄を中心とした1600kmの円である。何と中国南部を、行動範囲とすることが可能である。さらに、沖縄からグアムまで、3300km程度(黄色い線)。となっている。
つまり、人質救出の「イーグルクロー作戦」では、大型輸送飛行機とヘリの併用で、作戦が複雑化したこと、ヘリの航続距離を考えると空母からの限定された機数の作戦しか出来なかったこと考えられよう。
しかるに「v-22 オスプレー」の航続距離があれば、中国南部まで、兵員(陸軍)の投入をダイレクトに、さらにかなりの兵員を輸送できることになる。「v-22 オスプレー」不足となり、グアムにも基地があるとすれば、6時間で増機も出来る。
このように考えただけで、自分でも納得してしまう。
さらに、空母に配備されると、その行動範囲は、絶大かもしれない。
日本の戦略も例外ではない、ヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」が「v-22 オスプレー」を前提にしているところもあるらしい。 
うーん、やっぱり「v-22 オスプレー」は、ピンポイントで、ダイレクトに、かなりの量の地上兵力を送り出せると考えると、戦略的に革命的なのかもしれない。

こんな風に、報道したら、中国を刺激しすぎて、やっぱり報道できない??のでしょうか。
でもね理系型の政権になったのですから、もっと戦略的分析の報道もあっていいのではないでしょうか。
地政学的にも日本はどんな戦略が必要なのか、オープンに議論してもいいのではないことも思うのです。そんなこと考えると、日本の戦車って、いつ使うの?なんて考えもするのですが・・・

最後に、 ヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」と実戦配備の「v-22 オスプレー」のビデオ。



v-22 オスプレーを褒めすぎた点もあるのでクラッシュの様子のビデオを掲載します。
  

2009年7月28日火曜日

MV22オスプレイ・を建築設計者が見ると

2009年4月24日朝日新聞夕刊
「安全性不安定な米軍ヘリ 沖縄配備政府伏せる? 「聞いていない」に、地元不信感」
という見出しがあって。政治的心情からは、また、朝日か!と思われる人もいるかしもれない。
ここで僕が注目したのは、「開発段階で墜落事故が相次ぎ一時中断されるなど、安全性への不安が指摘されていた「いわく付きの機種」(防衛省幹部)だ。」と紹介されているMV22オスプレイであった。
これである。ゲゲー、これがヘリコプター?まさに子供のころ未来の飛行機?なんて出ていたイラストそのものではないか。ローターを回転させ、水平飛行では双発の飛行機に・・。ヘリコプターの概念を飛び越えてしまっている。アメリカのアイディアまさに恐ろし・・である。
一方、こんな記事も、
F22、日本導入困難に 米上院が追加生産認めず」2009年7月22日asahi.com
ああ、また日本人防衛族の高級品おねだり路線か。大和のような巨艦主義に走ったように、単に最上級狙い。F22は、アメリカさえ尻ごむ高価な戦闘機。(F22増産に拒否権方針 米大統領、上院委に)
しかし、その代案で、より生産費用の安いF35を見て、ぶったまげた。
垂直離着陸機ではないか。小学校のころイギリス軍のハリアーが出てきて、すごい!!と思った。フォークランド戦争でも活躍のことを思い出す人も多いと思う。その、さらに発展系らしい。ハリアーは、イギリスのみならずアメリカ海軍でも使われていたらしいが、どうも、主力とはいえないイメージがある。ところで、wikipediaの表を見て驚いた。

採用国購入量型式調達年変動
オーストラリア100 F-35A2014
カナダ80 F-35A2017
ドイツ48 F-35A2016
アメリカ合衆国
アメリカ空軍
アメリカ海軍
アメリカ海兵隊

1763
340
340

F-35A
F-35C
-35B

2013
2015
2012
イスラエル25
イタリア
イタリア空軍
イタリア海軍

109
22

F-35A
F-35B

2014
2014
ノルウェー48 F-35A2015
オランダ85 F-35A2016+15追加
イギリス138 F-35B2015
トルコ116 F-35A2014
ちなみに、現在活躍中のF-16の生産台数はwikipediaのF16を参照にされたい。
それで、設計者から見ると何がすごいのって、ことになると、その発想の違いである。
いずれも、今までの発想からは、違う次元で、考え直され、失敗を乗り越えて、実現しちゃう。前例など、くそ食らえの、姿勢である。
しかし、その裏には、技術的に新しいことをドントン取り込む姿勢、技術による解決を大切にする思想がある。さらに、その新しいものを、どのように、システムとして運用するかという、背景もしっかりしているからに違いない。
MV22については、ヘリコプターの水平飛行速度の不足を補うに必要な、新しい技術的解決法なのであろうし、F35は、小回りと高性能・かつ低コストを実現させる技術的解決策であろう。さらに、その背景には、地域紛争が多発するこの状況で、空母艦載能力や、飛行場の大小に左右されない小回りの効く、活動が軍に求められているのかもしれない。
これに対し日本はどうであろうか。
太平洋戦争のはじめ、ゼロ戦・空母は、独創性のある技術的な頂点であったことには違いない。
しかし、航空機の生産システムは、大量生産にまったく対応していなかった。空母においても、船団としての、また、飛行機との統括的システムとしての運用も考えられなかった。戦争史に詳しい人には、異論だらけであろうが、設計者からの視点はこう見える。
戦後の自動車にしても言わずもがな、改良・改良、そして小型化。これがいいところであろうが・・。
軍事産業に目を向けると、戦車などは、真似っこ、真似っこである。(おい、ちょっとなまってる。)
建築においても、大先生は、世界的建築家となり、活躍中であるが、一方で、日本で多く見られマンション・高層建築・戸建住宅、いずれも多くは、どこかの写真で見たことがあるような建築が、にょきにょきつくられ続けられている。設計者としての独創性、情念みたいなものが感じられない。
全ては、生産性・経済性という名の下で、つまらぬものが、つくりつづけられている。
どうも、僕には100年愛され、使い続けられる建築とは思えない。
やっぱり、設計は、分野に限らず、目的を考え抜いた独創性と、全体システムと協調が必要なんだよね。
イギリス・アメリカはここがすごいって思ってしまう。
こんなことを考える僕の参考文献として、これを読んで、こんな考えにいたりました。
これは、国民気質による、設計思想の違いを、第2次世界大戦の飛行機の設計の違いから、観察しています。「なるほど、建築も同じだ!」って、当時は思いました。
日本人の全体システム・構造的思考力の弱さを、指摘しているように読めました。ヒロシの蔵書の中では、社会・経済・経営分野の中で、アマゾン売り上げランキングなんと1位!(日本の書籍全体で600-700位)と、すごい評価!なのですが、・・・それから全然学習できない日本人・・・って感じ!!

いやー、その先頭が俺かも・・・ってね。


2009年3月28日土曜日

帰省。気になる記事



帰省し、岩手日報を見ていると、この記事が目に留まった。

「『目標「歩きたいまち」 一ノ関駅の周辺整備』 

一関商工会議所(宇部貞宏会頭)は26日、通常議員総会を開き、磐井川堤防改修に伴う一ノ関駅周辺整備に関する提言を公表した。「まちは公園」がテーマ。駅前に図書館を中心とした情報発信センターを整備するとともに、子育てや雇用支援施設、勤労青少年や女性のための施設など公共施設を分散配置し、50年、100年後の「歩きたいまち」を目指す。」

全文は、岩手日報http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20090327_11を参照されたい。

私が、注目したくだりは、

『「まちは公園」がテーマ。・・・・・公共施設を分散配置し、50年、100年後の「歩きたいまち」を目指す。』という部分なのです。

このところ地方都市は、すっかりシャッター商店街が、定着してしまったように思う。私が学生のころはまだ、そうでもなかったように思う。学生のころ(もう20年も前になるが)北上に帰省し、暇に任せて、街中の本屋さんを立ち読みして、はしごしていると、誰か友人に会ったものである。

僕も、大学で、都市計画研究室に属し、町の動きについては興味もあり、その後、まちの変化を中止していたのであるが、街中の都市再開発ビルが、幾度建てられようと、結局、市街地の商店街は、シャッター街化、寂れる一方に思える。

原因は、モータリゼーションによる生活様式の変化、さらに、バブル経済崩壊による経済の悪化、ITによる経済構造の変化が、それに追い討ちをかけているのであろう。

しかし、いま、日本の都市・街を振り返って見ると、それは、単に経済活動の道具としか見ていない、日本人の深層意識にもあるように思う。それゆえ、都市や街に対するビジョンもない、経済の動きに流されるがままではないだろうか。・・・都市は、歴史を見れば経済発展の鏡であることも確かだあろうが・・。

しかし、思うのです。欧米の町は、なぜ、美しい街が多いのだろうと・・。日本と同じ、車社会とITによる経済的変化のなかにありながら、です。

そこで、私が今思うのは、都市や街は、人々の社会の一部であり、人が集まり・集い・歩き回るための、社会的に必要な施設・器という意識があるのではないかと思うのです。・・やっぱりギリシャの都市国家・アゴラが原点なのかな・・と。経済活動の結果としての都市・町としてだけではなく、経済活動を支えるための政治的・社会的器としての町のイメージ。その結果、経済活動以外の意思・フィロソフィーを持って、都市・町が考えられているように思うのです。

で、日本はというと、意思・フィロソフィーを持って、都市・町を構想しているところがあるのだろうかと思うのです。それも具体的な絵になるイメージを持って。・・・答えはノー、じゃないですか・・・

これ以上、大上段に書いていくと・・とりとめもないし・・、論理的に言うと、こっちの調べも十分でないから、上目線は、これくらいにしておいて・・・。

それで、何を、言いたいかというと、一関市の

  • 『「まちは公園」がテーマ』
  • 『公共施設を分散配置し、50年、100年後の「歩きたいまち」』

というのは、すごくいいビジョン・構想じゃないかと思うのです。意外と地方都市の中心市街地は、緑が少ないし、歩く気分にもなれない。それに、「歩きたい街」とは、集まることの原点であるし、先に言ったように、近年経済中心主義で失われた都市・町の原点を示しているように思う。それに加えて、それを実現する手法とは、市街地への「公共施設の分散配置」という手法が、適切であるように思う。なぜなら、都市・町とは、経済的中心であるばかりでなく、社会、政治的中心でも、あるべきだと思うからなのです。

そんな、思いで、この記事を眺めていました。

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もっと書きたいこともあるけど、・・できれば次の機会に。